文字サイズ
小
中
大
ブログ 花ごころ
伝。
2009/07/30
降りしきる雨。荒れ模様です。
雷雨が木々の葉に叩いているようです。
我が家では稲光がすると、「1、2、3・・・」と数を数えます。
雷との距離を測ってるんです。
稲光が光って、数を数えてすぐに「ごろごろ・・」と雷が聞こえてきたら、かなり近い!危険!ってこと。
雷は、危険!幼い頃から身に染み付いていました。
私にとって・・・というか、我が家全体にとっては、7月は特別な月。雷は原点。
今日は父のことを・・・。
少し長くなると思いますので、お時間があれば・・・ということで(笑)
父にとって生涯、そのことが忘れられず、忘れられるはずもなく・・・。
特に晩年はそのことを繰り返し話していました。
・・・・・・・・あれは何十年も前の7月。
まだ父が独身だった頃、父はなんと雷に打たれたんです。
僻地での勤務。災害への対応に追われていた最中。
一緒にいたアメリカ人2名と父の3人が雷に打たれ、衝撃で高所から転落。
アメリカ人2名は、ハワイの基地へ搬送されるも太平洋上で息を引き取り、父は福岡の病院へ。
あまりに重篤な症状だったせいか、殉職と報道されたそうです・・・。
父の頭には右耳から左耳へ至る縫い痕があったほど酷い怪我で、意識不明が何日も。全身骨折してたので、人の形のギプスに入ってたそうな・・・。
でも奇跡的に助かり、約3年の療養を経て復帰!
最初はなかなか復帰を認めてもらえなかったようです。
なんといっても、そんな状況で助かった人の前例がないので、OKを出すタイミングが・・・誰にもわからない!
父にとっては、退院してからの療養期間は、じれったくてたまらなかったようですが、
その間、幼い頃から好きだった絵画や書、クラッシックに没頭してたそうで、私の幼い頃は随分その当時のコレクションで楽しませてもらいました。
父にとっては大変な事故でしたが、結果的にその縁で同じ病院に入院中の母と出会ったわけなんです。
こんなことってあるんですね。
周囲もビックリするほどの回復で、普段どおりの生活・・・なんですが、
やっぱりあまりの無理はできなかったようで、父得意の示現流は続けられなかったようです。
代々、大切に伝えていかれる示現流。
伝統を伝えておきたいという気持ちは強かったと思うのですが、こればっかりは仕方ないですね。
でも父はその代わり・・・多くのことを伝え残しています。
いくつかの特許をとり、その中の一つは都市計画システムに転用応用されているようです。
私もいろんなところに行く度に、その父の発明が基となっているような場所に遭遇して、感慨深い気持ちになったりしています。
そして多くの後進を育て、中には南極へ赴任した人も・・。
父のいろんな思いが、形を変えていろんなところで息づいているような・・・そんな気がします。
後進を育てる父がいつも言っていたのは、安全。
自らの体験がそれを伝える原動力になっていたようです。
人それぞれ、誰かに伝えたい思いってあるんですね。
いろんな理由で・・・いろんな体験が原動力となって。
安全をしっかり伝えていこうとしている父を見ながら育ち、
いつしか私も何かを伝えていきたいと感じ始めたのかもしれません。
私は・・・
人生の荒波の中で、しっかり前を向いていきるよりどころ。
疲れ果てた心をそっと癒す花ごころ。
それを伝えていきたいと思っています。
伝えるということは、バトンを渡すようなものでしょう。
私自身が、自らの足でしっかりと歩み、バトンを渡せるように精進し続けていこうと思います。
皆さんの「伝えたい心」はどんなことでしょうか。
戻る
トップページに戻る